私の生い立ち。よろしければお付き合いください。

幼少期~学童期

私は、浜松餃子と車・音楽産業の街、静岡県浜松市で生まれました。
A型長女で、見た目も性格も正反対な妹がいます。

父は、あまり子供好きではなく自由奔放な人でした。笑

母は真逆で、責任感の塊のような人です。ずっと仕事をしながら必死で私たちを育ててくれました。
自己犠牲しすぎな母を見て、子供の頃は幼いながらに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。(今は、母も幸せに暮らしていますよっ!)

子供の頃から、女の子っぽい遊びよりもどちらかというと男の子っぽい遊びのほうが好きでした。

近所の男の子と畑の土で戦争ごっこをしたり、竹藪で自転車を爆走させたり、
壊れたスピーターや時計を分解したり、木の枝や廃材で基地を作ったり、
カーレースや格闘ゲームも負けず嫌いを発揮してか常勝していました。
やることが男っぽいので、女友達よりも男友達が多かったです。

中でも、好きだったものは建築現場を見に行くこと。

建築士だった祖父の影響が大きく、ものづくりも家も職人の仕事ぶりも大好きだった私。

現場の職人さんと仲良くなって足場に登らせてもらったりもしました。
(当時は、今ほど規則がうるさくなかったので出来ましたが危ないのでマネしないように(笑))

ある現場で、祖父に嬉しそうにお礼を言ってきたお客さんがいました。
お施主さんで、建てている途中の家を見に来たそうです。

・その時の、お客さんと祖父の幸せそうな顔を見て、
・ああ、将来は祖父のような建築士か設計士になりたい!
・こうやって、お客さんに本当に喜ばれるものを作りたい!
・一生涯の付き合いのできるお客さんに囲まれて仕事をしたい。
・いいものを作って長く愛してもらいたい。
・大事にしてもらえるものを作れるようになりたい!

そう強く思いました。

そんな私は、昔から背が高く男勝りだったので、よく女の子を守る側にいました。

小学生の頃は、か弱い感じの女の子にちょっかいを出すような男の子と殴り合いのケンカをして帰り、病院行きの怪我をしては母にこっぴどく怒られました。

弱いものいじめするやつは私がやっつけるんだ!
しっかりしなきゃ!がんばらなきゃ!

と、当時は正義と責任を貫いているつもりでいました。

自分で言うのも変ですが、常に勉強も運動もできるほうにいました。
しかし、何をしても初めは人よりできないほうなので影でがむしゃらに努力しました。

努力の甲斐あり、何度も成績はオール5をもらい運動でも表彰され、先生お墨付きのイイコでした。

そして、いつしか天狗になり、自分なりの正義を人に強く伝えすぎて
イタイ嫌なヤツになりました。

今思えば、

・こうでなければいけない。
・出来ていない私には価値がない。
・休むことはさぼること。
・できないのは、自分の努力が足りない。
・つらいと思うのは、自分がまだ弱いせい。
と、自分で自分を固定観念ガチガチにしてしまいました
つらいと思う自分の気持ちに対し、見て見ぬふりをして
ひたすら根性と気合だけで突っ走ってきたように思います。

なぜこうなったか考えたら、
もっと褒められたかっただけ
でした。

自分に自信がないから、他人の評価が自分の価値のすべてだと思い込み
周りからどう思われているのか気にしすぎていた
んですね。

この反動は、思春期に訪れます。

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